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【No.785号】 【発行日】2019/3/5 [8-3]
 つれ連れ草 -638-  八坂中学校校長 安井 実
●平成から新しい時代へ

【 記事 】

 つれ連れ草への投稿は、2013年1月、No526の練馬東中、14年6月、No559光が丘第二中に続いて、3回目となります。
 間もなく平成が終わり新元号となります。あと二ヶ月、大きな区切りです。新しい時代を迎えることは、何か期待をします。思えば三十年前、平成は予告も無く突然訪れました。今でも鮮明に覚えています。冬休みがもうすぐ終わる昭和六十四年一月七日(土)。この日は一ヶ月後に迫っているあるイベントの打合せの日でした。十時からの約束で私達2人は十分前に会場入口で待ち合わせをしました。でもなぜか十時を過ぎ遅刻をしてしまいます。今のように携帯電話はないので、お互いの連絡は叶いません。待ち合わせ場所の『入口』の意味が門の前なのか建物の中なのかでも、2人の認識は食い違っていました。重ねて私は土曜ダイヤに気づかず、時間的にも余裕がない状況でした。遅刻をしてしまい何か後ろめたい中、係の方と最終的な確認をしていると、担当者の雰囲気がいつもと違うのです。「やはり遅刻して怒らせてしまったかなぁ?」「今日は接客に明るさがないねえ。」こんなひそひそ話をしていた中で、あることに気づきます。担当者は黒いスーツで目立ちませんが、スタッフ一堂、黒い喪章を付けています。「これは、関係者に何かご不幸があったに違いない。」と途中から感じます。打合せが無事終わり、帰りがけに喪章のことを伺うと「お客様、まだご存じないのですか?」と言われます。「今朝、昭和天皇が…。」(しまった。今朝はテレビを見ていない…。)ものすごい衝撃が走りました。と同時に、こんな一大事の時にお祝いの打合せなど行っていて良いものかと、何か悪いことをしている気分になりました。すぐさま近くの電気屋さんに寄って、しばらくテレビ画面を見ていた記憶があります。今ならすぐにインターネット検索でしょうが、当時はこれが精一杯です。   
 この三十年間で、本当に便利になったと思います。知りたいさまざまな情報もすぐに正確にわかります。仮に遠く海外にいてもメールのやりとりで簡単に会話ができてしまいます。昭和の時代では考えられないことだらけです。きっと新元号のもとでも、AIの進歩や想像を超える発展があり、それが当たり前となることがたくさんあることでしょう。私たちの生活をさらに安全かつ便利で快適に変えてくれる加速度は止まりません。将来、平成から新しい時代の切り替えを振り返った時に、しっかりと語れる自分でいたいです。

 昭和34年 東京都生まれ 東京都板橋区在住


光が丘新聞         2019/3/5

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