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【No.776号】 【発行日】2018/6/5 [8-2]
 つれ連れ草 -628- 練馬小学校副校長 小林 広二
●バスケットボールと私

【 記事 】

 私は中学生になって、バスケットボール部に入りました。お盆と正月以外はほとんど練習や試合があり、暑い日も寒い日も練習に明け暮れました。私たち生徒よりも、休みなく指導してくださった顧問の先生は、どれだけお忙しかったか、大人になってから分かるようになりました。
 ディフェンスフットワーク、ランニング、速攻などを繰り返し行っていたので、足の裏の皮がむけてしまうこともたびたびありました。でも、先輩のようにうまくなりたくて、必死にがんばりました。どうしたら思い通りにできるのか、そんなことばかり考えていました。バスケットボールはチームスポーツなので、仲間と一緒にがんばったことが一番自分のためになったと思います。中3で北多摩北地区の大会で優勝するなど、そこそこよい成績を残せましたが、中でも多摩地区総合体育大会で優勝できたことは、特に印象に残っています。
 高校に入って、やはりバスケットボール部に入りました。都立高校といえども、やはり練習は厳しかったです。ここでもよき先輩や仲間と出会えました。
 大学、そして教員になってしばらくはバスケットボールから離れていましたが、杉並で誘われて、また始めました。30代、大人になってからのバスケは、子供の頃と違ったおもしろさがありました。ただ、膝を故障してしまい、まともにバスケができなくなってしまったことは、とても残念です。そんな頃、自分が父親になり、息子が「ミニバスに入る。」と言うので、一緒になって関わりました。地元の小学生たちと約10年、楽しませてもらいました。
 こうして振り返ると、13歳からこれまで私はバスケばかりしてきた気がします。本当に悪ガキで、叱られてばかりでどうしようもなかった自分が少しまともになれたのも、指導してくださった先生、先輩、仲間がいたからです。
 毎年秋に中学校の恩師を囲んでOB会が開かれています。しばらく参加できていないので、今年は出席したいと思います。

 1964年生まれ 東京都出身 新座市在住


光が丘新聞         2018/6/5

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