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【No.613号】 【発行日】2010/7/20 [8-1]

 つれづれ草 -468- 光が丘第四中学校校長 晴佐久(はれさく)和彦



●南アフリカ共和国



【記事】
拙稿が掲載される頃は世界一の栄冠に輝く国が決まっているだろうが、現在W杯の真っ最中である。PK戦の末、ベスト8に届かなかった日本であるが、下馬評を覆す活躍に様々な感慨を持たれたのでは…。ベスト4は4年後の楽しみにとっておこう。
 ところで今から20年近く前、今回のW杯の開催地南アフリカ共和国に3年間在任する機会を得た。現地の日本人学校教員としての派遣であったが、妻と幼少の子等を引き連れて、てんやわんやの日々であった。(今、振り返ると、若いからこそできたような気がする。若さ=エネルギーか)アフリカについては、「暑さ」と「動物の多さ」くらいのイメージしかなく、海外に一度も出たことのなかった私だったが、「まぁ、何とかなるさ」と持ち前のお気楽さで成田から旅立った。ところが現地に着くと、全く想像に反して、爽やかな高原の風(例えるなら軽井沢)が吹き、動物どころか近代的な街並みと瀟洒な住宅街が並び、ワイン・肉・野菜・フルーツなどの新鮮な物が安価に手に入り、「ここはアフリカなのか?」と首をかしげたものだ。百聞は一見に如かずである。しかし、繁栄の裏にある現実に早速遭遇することとなる。黒人勢力間の争いによる銃撃戦が学校近くであり、臨時休校。また学校のスクールバスが盗難に遭い、我が家の居間のテレビ等も夜間の侵入者に持っていかれてしまった。犯罪発生率世界トップレベルというのは伊達ではない。そんな厳しい状況の中で、主に父親の商社勤務等で在外生活を送っている子ども達のため、楽しく生き生きとした学校生活を過ごしてもらおうと力を尽した3年間であった。
 在南ア中に人種隔離政策(アパルトヘイト)撤廃の指導的立場であったマンデラ大統領の就任、ラグビーワールドカッップの開催ならびに開催国優勝という歴史的な場面に立ち会った。先日、ちょうどその当時の様子を伝える映画「インビクタス」が公開され、懐かしく現地の風景を観ることができた。レンタルビデオ等でぜひご鑑賞を。
 人種差別の歴史、それを乗り越え黒人政権が誕生したが、現在も人種問題や経済・治安の悪化を抱える南アフリカ。その地で世界の国々が集うW杯が開催されたことは大変意義深いと、その地で過ごした者として特に強く感じた。予選リーグ敗退だったが、開催の労をとった南アには「コシシケレリ・アフリカ(アフリカに神の祝福あれ)」と言いたい。

 昭和34年東京都生まれ 狭山市在住 

光が丘新聞         2010/7/20

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