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【記事】
私の故郷は、山梨県北杜市白州町という所です。昭和の町村合併で三村が合併し白州町となり、平成の大合併で八町村が合併して北杜市となりました。山梨県では一番広い面積を有し、人口も五万人弱となりました。私の生まれ育った白州町は、西に甲斐駒ケ岳、北に八ヶ岳連峰、東に秩父連山を望み南には甲府盆地が広がる大変風光明媚な所であります。甲斐駒ケ岳より源流を発する釜無川、神宮川、尾白川、大武川の四つの川の水にて田園を形成しています。甲斐駒ケ岳は花崗岩の山で、山より川に流れる石は玉砂利となり、砕けて白い砂となります。町の名前の由来でもあります。神宮川は明治神宮より名前を頂いており、明治神宮内宮に敷かれている玉砂利はこの川より拾い集められた石です。中学生が拾う役目を受けており、腰みの一杯になるまで川の中を拾い歩いた思い出があります。また、水は良質であり、特に地下水は日本酒製造に三百年も使用されています。近年は、ウイスキー、ジュース、豆腐、冷菓子など企業が水を求めて進出して来ています。中でも天然水はテレビCМで有名になりました。山の神様がくれた水。山に降った雪や雨が花崗岩の山の自然のろ過器によりろ過されて汲み上げられています。ウイスキー工場と同じ場所にある天然水工場は見学ができ休日などは数時間待ちとなるほど賑わいを見せております。 この町の人たちは山をこよなく愛し崇拝しています。尾白川上流の登山口にある駒ケ岳神社の例大祭は、町を挙げてのお祭りとして今でも町の一大行事です。 私の家は、曾祖父の代より山の七合目で山小屋を営んでおりました。小さい頃祖父は七月より九月の終わり頃まで山小屋に行っており家に居なかったことを記憶しております。今は後継ぎがなく市の経営となっておりますが山を崇拝することは続いており、我が家に山の神の祠が現存しております。毎年二月ぐらいと記憶していますが、祠に御供えをあげて近所の人たちと祈っています。 ただ、どこの田舎も同じで過疎化現象であり、最寄駅より出る路線バスは、私の小さい頃は一時間に数本ありましたが今は日に六本と減少し乗客も少ない状態です。昔は路線バスが駒ケ岳神社まであり登山者がたくさん来ましたが、今では廃止されてしまいました。ともあれ、山を愛してやまない町の人たちは私も含めていつまでも壮大な山がそこにあることを誇りに思っていると思います。
昭和29年山梨県生まれ 光が丘3丁目在住
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